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MGMミュージカル(最終回)/アステア、そして伊藤俊人 [雑感]

  「アステア派か、それともケリー派か?」

  私にとって、これは究極の選択である。
  アステアの洗練、ケリーの快活。アステアの軽妙、ケリーの躍動。アステアの洒脱、ケリーの斬新。ミュージカルの世界からそのどちらかが欠けると言う事は、BMWにエンジンかステアリングの一方が無いのに等しい。
  「ずるい!」との誹りは免れないであろうが、私は「アステアが好きか、ケリーが好きか?」と問われた時は、「どっちも好きだ!」と答えて来た。理由は、エンジンの無いBMWなんて考えられないから、である。
  が、しかし、まあ・・・この年齢になって改めて自問してみれば・・・、アステアに対する敬愛の念が一層強くなっているかも知れない。

  「アステア派か、ケリー派か?」と聞かれて、迷わずに「アステア派」と答えたのが伊藤俊人であった。伊藤俊人は三谷幸喜の劇団「東京サンシャインボーイズ」から出た俳優で、TVドラマ『王様のレストラン』や『ショムニ』などに出演して顔が売れた。その伊藤俊人と私は大学の同級生なのであった。

  伊藤俊人と私は学年が一緒なので、同じ中学2年の春に、私は東京で、彼は故郷の新潟で『ザッツ・エンタテインメント』と遭遇した。彼も私と同じであったろうと想像するのだが、その頃の級友の中には、『ザッツ・エンタテインメント』の楽しさを分かち合える様な連中はいなかった。自分が生まれる以前の映画に熱狂する様な中2は、当時でも珍しい存在なのであった。
  なので、私にとって伊藤俊人は、大学に入ってようやく出会った、『ザッツ・エンタテインメント』について幾らでも語り合える初めての友であった。

  私が職業演出家になった以後で、私が演出して伊藤俊人が出演した舞台は、『東京サンシャインボーイズの「罠」』、『君となら』、そしてブロードウェイ・ミュージカル『南太平洋』の3本である。この内『南太平洋』が、2人にとって唯一の本格的なミュージカルであった。この時の『南太平洋』はライヴCDが発売されており、この中で伊藤俊人の歌、台詞、そして僅かながら彼の踏むタップの音を聞く事ができる。

  伊藤俊人はタップの名手であった。が、人一倍シャイな彼は、タップを習っている事を誰にも打ち明けていなかった。彼にはそう言う所があった。後になって、一握りの心を許した人間だけがその報告を受けた。
  フレッド・アステア邸に行って来た、と言う俄には信じ難いエピソードも後になって聞かされた。どうやら彼はハリウッドのアステア邸を探し訪ね、思い余って塀を乗り越え、敷地内に落ちていた小石を拾って来たらしい。

  そんな伊藤俊人が死んだのは2002年の5月24日であった。

  ワーナー・ホームビデオから、今度は『オズの魔法使』のコレクターズ・エディションDVD(3枚組!)が発売になる。これまで出ていた『オズ・・・』のスペシャル・エディションDVDの特典映像は101分で、今度はそれが一挙に436分になる。
  MGMミュージカルのDVDが特典映像満載で発売される度に、私はこの時代に生きている幸運に感謝して来た。と同時に、その喜びを分かち合っていた筈であった友を思い出して、ちょっぴり複雑な気持ちにもなるのである。

P.S./ウル。Turner Classic Moviesから5枚組のアステアロジャースコレクションが出たよ。


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コメント 6

猫大好き

ブログの中に伊藤俊人さんのお名前を見てちょっと涙腺がゆるんでしまいました。
残念ながら舞台で拝見したことはないのですが、三谷さんのTVの作品で拝見してとても好きになった役者さんでした。伊藤さんが出演されている作品はなるべく見るようにして、いつか舞台を観てみたいと思っていました。
ある日の朝刊で訃報を知った時、驚きで頭が真っ白になりました。こんなことがあるなんて思いもしなかったからのんきに構えて今度があると決め込んでいたことを後悔しました。それ以来、チャンスがあったら好きな役者さんの舞台はなるべく観るようになりました。
今回のブログで伊藤さんの知られざる一面を知ってうれしくなりました。どんな顔して塀を乗り越たえたんでしょう。
つい長くなってしまいました。お許しください。
まだ暑い日が続くようです。山田さんもお身体ご自愛くださいませ。
by 猫大好き (2005-09-08 22:35) 

ひなこ

はじめまして。
MGMの『オズの魔法使』・・・子供の頃、父がテレビを録画してくれたテープを擦り切れるまで何度も観ていました。最近になって懐かしくなりスペシャル・エディションを購入したばかりだったのですが、コレクターズ・エディションが出るのですね(>_<)特典映像が増えるのはすごく楽しみですね!!
by ひなこ (2005-09-08 23:07) 

山田和也

猫大好きさん、コメントありがとうございました。
伊藤俊人と私には、MGMミュージカルの他に「大の007好き」と言う共通項もありました。今では『サンダーボール作戦』も涙無くしては観られません。
それはともかく、本文の最後、「P.S.」の直後にある「ウル」というのは、伊藤俊人の仲間内での呼び名です。仕事場で私が「伊藤さん」と呼ぶと「ウルでいいよ」と言われたものでした。これにも謂われがあるのですが、長くなるのでまたの機会に。

ひなこさんもコメントありがとうございました。
我が家には『オズの魔法使』が、特別編DVDの他にレーザー・ディスクで3種類あります。今度のコレクターズ・エディションで5種類目です。
あーあ・・・。
by 山田和也 (2005-09-08 23:21) 

YOSHIKO

先輩、俊人さんの名前を見て、急に悲しくなりました・・・
仕方のないことですが・・・私も猫大好きさんと同じく、ニュースで見たときに
信じられなくて、何回も見直しました。見直しても記事が変わることはないのですが・・

俊人先輩が出ている「南太平洋」のCDってどこからでているのですか?
覚えていらっしゃるか・・・私にとって「南太平洋」は思い出深い作品なので・・・
(宝塚版ですが)卒論にまで書いてしまったほどです・・・
by YOSHIKO (2005-09-08 23:41) 

山田和也

ビクターエンタテインメントから¥4.200で発売されていたと思います。
詳しくは、東宝のホームページの「MUSICAL&PLAY」の中に「ミュージカルCD好評発売中」という項目があるので、クリックしてみてください。
by 山田和也 (2005-09-08 23:58) 

ユミコ

私も伊藤さんのお名前見てなんだかジーンとしてしまいました。舞台は拝見したことなかったけど好きな役者さんのひとりでした。
確かお食事中に倒れられてそのまま逝かれてしまったんですよね?結婚して間もなかったと記憶しております。その後、伊藤さんの出演が決まっていた“ショムニ”の続編が寂しくて見られなっかた思い出があります。
猫大好きさんのいうように後悔しないようチャンスがあったらなるべく舞台に足を運びたいと思いました。

それと先日お願いしていた山口先生の件、拝見しまして早速メールは送ってみました!お忙しいところお聞き下さり本当にありがとうございました。
by ユミコ (2005-09-09 00:30) 

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